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札幌地方裁判所 昭和40年(ワ)778号 判決 1966年11月02日

原告 富樫巌

被告 太刀川善平

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和四〇年八月一三日にした強制執行停止決定はこれを取消す。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

原告訴訟代理人は、被告より原告に対する札幌地方裁判所昭和二八年(ワ)第六五三号前渡金返還請求事件の執行力ある判決正本に基づく強制執行は許さない、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めた。

被告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

第二原告の請求原因

一、被告より原告に対する債務名義として札幌地方裁判所昭和二八年(ワ)第六五三号前渡金返還請求事件の執行力ある判決正本があり、右判決は同三〇年三月四日云渡、同月二七日確定したものである。

二、右確定判決によつて確定した権利は昭和四〇年三月二七日の経過とともに時効によつて消滅した。

三、よつて前記債務名義の執行力の排除を求める。

第三被告の答弁及び抗弁

一、原告の請求原因一の事実は認める。

二、同二の主張は争う。

三、抗弁

被告は本件債務名義に基づく強制執行として、昭和四〇年二月二四日以前に釧路地方裁判所執行吏に対し原告所有の有体動産に対する強制執行を委任し

(1)  同裁判所執行吏斉藤一郎は昭和四〇年二月二四日原告の住所に臨場して差押に着手し、同日これを終了した。

(2)  同執行吏代理岸本与四郎は同年七月八日原告所有の有体動産一五点の差押をした。

右のいずれかによつて消滅時効は中断された。

第四被告の抗弁に対する原告の答弁

一、被告の抗弁冒頭の事実及び同(2) の事実は認める。

二、被告の抗弁(1) の事実中、昭和四〇年二月二四日斉藤執行吏が執行のため原告の住所に臨場したことは認めるが、その余は否認する。斉藤執行吏は右同日原告の住所に臨場したが、施錠全家不在の理由で執行不能調書を作成しており、右事実のみでは未だ執行に着手したとはいえないから、時効中断の効力を生じない。

三、仮に執行の着手とみうるとしても、差押は時効の利益を受ける原告に対し通知することによつて中断の効力を生ずる旨法定されているところ(民法第一五五条)、原告は何らその通知に接していないから、時効中断の効力は生じない。

第五証拠関係<省略>

理由

第一被告から原告に対する債務名義として、札幌地方裁判所昭和二八年(ワ)第六五三号前渡金返還請求事件の執行力ある判決正本があること、右判決は昭和三〇年三月四日云渡され、同月二七日確定したものであることは当事者間に争いがない。そうすれば右確定判決によつて確定した権利は、中断事由の認められない限り昭和四〇年三月二七日の経過とともに時効によつて消滅することとなる。

第二そこで被告の消滅時効中断の抗弁(1) につき判断するに、被告が本件債務名義に基づく強制執行として昭和四〇年二月二四日以前に釧路地方裁判所執行吏に対し原告所有の有体動産に対する強制執行を委任し、同裁判所執行吏斉藤一郎が昭和四〇年二月二四日右執行のため原告の住所に臨場したことは当事者間に争いがないが、成立に争いのない乙第一号証(執行調書)によれば、同執行吏は「債務者の家人不在であつた。」との事由で同日の執行を不能として終了させたことが認められ、他に右認定を動かすべき証拠は存しない。そうすると同執行吏の右の日における行為をもつてしては、未だ有体動産の執行に着手したものということはできないから、被告の抗弁(1) は理由がないといわなければならない。

第三次に被告の抗弁(2) について考えるに、被告が本件債務名義に基づく強制執行として昭和四〇年二月二四日以前に釧路地方裁判所執行吏に対し原告所有の有体動産に対する強制執行を委任し、同裁判所執行吏斉藤一郎代理岸本与四郎において同年七月八日原告所有の有体動産一五点の差押をしたことは当事者間に争いがない。

ところで、差押が時効中断の効力をもつのは、権利者によつて真実の権利が主張されることによつて真実の権利関係と異なる事実状態の継続が破れるからであり、このことは訴、支払命令に時効中断の効力が付与されるのと何ら差異がなく、とりわけ差押は確定判決その他の債務名義に基づいてなす強制執行行為であつて最も強力な権利の実行行為である。従つて差押が時効中断の効力を生ずる時期も、訴、支払命令と同様申請の時即ち有体動産にあつては執行吏に対する執行委任の時と解すべきである。また不動産の強制競売、抵当権の実行のための任意競売においては、執行裁判所に対する競売申立の時に時効中断の効力が生ずると解せられているが、有体動産に対する執行の場合にも、債権者のなしうる行為としては執行吏に対する執行委任のみであつて、爾後の差押、換価、配当等の手続は執行吏により職権でもつて進行させられるのであるから、債権者が執行委任をした時をもつてその権利の行使に着手したものというべく、その時に時効中断の効力が生ずると解するのが相当である(このことは執行委任があればそれのみで時効中断の効力を生ずるというのではなく、これに基づく差押がなされなければならないことはいうまでもない。執行委任の時に時効中断の効力が生ずるとは中断の効力発生時のみに関する)。

そうだとすると、前記争いのない事実によれば、執行吏が原告所有の動産の差押をしたのは時効期間経過後であるが、執行委任のなされたのは時効期間内であるから、右執行委任に基づいて差押がなされた以上時効中断の効力は右執行委任のなされた時に発生するものというべく、被告の時効中断の抗弁(2) は理由がある。

第四なお原告は、本件のごとく差押を受けた者と時効の利益を受ける者とが同一人である場合にも、民法第一五五条の規定の適用があり、時効の利益を受ける者に対し通知しなければ中断の効力を生じないと主張するけれども、同条は、差押その他の中断事由はそれらの手続がなされた者に対してのみ効力を生ずるとの原則(民法第一四八条)に対する例外を規定したものであつて、例えば物上保証人に対する差押の場合のように、時効の利益を受ける者以外の者に対してなした差押を受益者に対し通知することによつて、受益者に中断の効力を生ぜしめることとしたものであつて、本件のごとく、差押を受けた者と時効の利益を受ける者とが同一人である場合にはその適用の余地はないというべきである。

第五よつて被告の時効中断の抗弁(2) は理由があり、原告の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、強制執行停止決定の取消及びその仮執行の宣言につき同法第五四八条第一、二項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松原直幹)

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